【この記事の結論】
- 人は推しそのものだけでなく「見る目があった自分」に価値を感じることがある
- 古参には特別感や優越感が生まれやすい
- 「最初から知っていた」は一種のステータスになる
- 実際には多くの人が途中で離れている
- 古参マウントの正体は承認欲求なのかもしれない
はじめに
- 歌い手。
- VTuber。
- アイドル。
- 新人配信者。
新しい活動者やグループが発表されると、必ずと言っていいほど見かける言葉があります。
「もう推します!」
「古参確定!」
「デビュー前から応援してます!」
しかし少し不思議です。
この時点ではまだ、
声も知らない。
配信も見ていない。
活動内容も分からない。
それでも「推す」と宣言する人がいるのです。
なぜ人は古参になりたがるのでしょうか。
実は多くの人が途中で消える
ここは活動者側なら分かる話です。
デビュー直後は人が来る。
フォローも増える。
「推します!」という声も多い。
しかし数日後にはいなくなる。
数週間後にはもっと減る。
これは珍しいことではありません。
配信者として活動していると、「推します!」と言ってくれた人の多くが数週間で見なくなることは珍しくありません。
デビュー時は毎日のようにコメントしていた人が、気づけば来なくなっている。
これは誰かが悪いわけではなく、人の興味が移り変わるのが自然だからです。
実際には、
「推します」と言った人の多くが途中で離れています。
それでも活動者が人気になった時、
SNSには
という投稿が増えます。
ここに古参文化の面白さがあります。
それでも人は古参になりたがる
ではなぜ、
そこまでして古参になろうとするのでしょうか。
理由はシンプルです。
古参には特別感があるからです。
後から知った人にはできない経験。
最初から見ていたという事実。
人はそこに価値を感じます。
本当に好きなのは推しではなく「先見の明」かもしれない
ここが面白いところです。
新人の頃から応援していた活動者が、
数年後に人気者になる。
すると古参はこう言います。
「俺、その人が無名の頃から知ってたよ」
この時、
人は推しを褒めているようで、
実は自分も褒めています。
- 私は見る目があった。
- 私は最初から気づいていた。
そんな気持ちがどこかにあるのです。
だから古参という立場は気持ちが良い。
ただ応援していたのではなく、
「成功を見抜いた自分」
にも価値を感じているのです。
古参マウントはなぜ生まれるのか
人気が出ると、
新規ファンが増えます。
すると一部の古参は不満を感じます。
なぜでしょうか。
今までの特別感が薄れるからです。
- 昔は少人数だった。
- コメントも読まれた。
- 距離も近かった。
しかし人気になると、
自分は大勢の一人になる。
そこで人は、
古参という肩書きに価値を見出します。
古参マウントの正体
古参マウントは、
知識自慢や歴史自慢に見えることがあります。
しかし本質は少し違います。
本当に伝えたいのは
「私は特別なんだ」
ということです。
つまり古参マウントの正体は、
承認欲求や特別感への執着なのです。
活動者から見た古参
これは少し意外かもしれません。
活動者にとって嬉しいのは、
昔からいた人だけではありません。
今応援してくれる人も同じくらい大切です。
なぜなら活動は、
過去ではなく現在で続いているからです。
古参だから偉い。
新規だから価値が低い。
そんなことはありません。
活動者が見ているのは、
「いつから応援しているか」より、
「今も応援してくれているか」です。
結論
人は推しが好きだから古参になる。
それは間違いありません。
しかし時には、
推しそのものより
「昔から知っていた自分」
に価値を感じていることもあります。
だから古参マウントが生まれる。
だから人気が出ると焦る。
古参が偉いのではない。
ただ、人は「最初から知っていた自分」に価値を感じてしまう。
古参文化の正体は、
推しへの愛情だけではなく、
特別でいたいという人間らしい感情なのかもしれません。
この記事のまとめ
- 人は特別な存在になりたい
- 古参には優越感が生まれやすい
- 多くの人は途中で離れている
- 人気が出ると古参マウントが発生する
- 本質は承認欲求と特別感である
次回予告
なぜ人は「匂わせ」に反応してしまうのか?ファンが怒る本当の理由を考察します。

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