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なぜ人は善行を見ると「偽善だ」と言いたくなるのか?冷笑が生まれる心理

【この記事の結論】

  • 人は善行そのものを嫌っているわけではない
  • 他人の善行が自分を比較対象にしてしまうことがある
  • SNSでは賞賛より批判が目立ちやすい
  • 「偽善だ」と言うことで自分を守る心理が働く場合がある
  • 冷笑は賢さではなく防衛反応の一種でもある
目次

はじめに

ワールドカップや国際大会になると、

日本人サポーターが観客席を掃除する姿が話題になることがあります。

多くの人は

素晴らしい

誇らしい

と賞賛します。

しかしその一方で、

海外に褒められたいだけだろ

パフォーマンスじゃん

偽善にしか見えない

という意見も出てきます。

なぜ人は善い行動を見ても素直に褒められないのでしょうか。

実は善行そのものが嫌いなわけではない

ほとんどの場合、

批判している人も

「ゴミを拾うこと自体が悪い」

とは思っていません。

問題は行動そのものではなく、

その行動の意味です。

人は無意識に比較してしまう

例えば、

誰かがボランティア活動をしている。

募金をしている。

ゴミを拾っている。

すると人は無意識に考えます。

自分は何もしていないな

自分にはできていないな

すると少し居心地が悪くなる。

その不快感を減らすために、

偽善だろ

どうせ目立ちたいだけ

と考えることで、

相手の価値を下げようとすることがあります。

「偽善」という言葉は便利である

面白いことに、

善行を否定する時によく使われる言葉があります。

それが

偽善

です。

なぜなら、

相手の行動ではなく動機を攻撃できるからです。

ゴミを拾った

良い行動

でも目立ちたいだけだ

だから偽善だ

この考え方なら、

善行そのものを否定しなくても批判できます。

SNSは冷笑が目立ちやすい

実際には、

善行を評価している人の方が多いこともあります。

しかしSNSでは、

批判の方が目立ちます。

なぜなら、

「いい話だね」

より

「それ偽善じゃね?」

の方が反応が集まるからです。

SNSは感情が強い投稿ほど広がりやすい。

そのため冷笑や皮肉が目立つのです。

最近増えた「冷笑系」という立場

SNSでは

何かが流行る。

みんな感動する。

それを冷めた目で見る人が出てくる。

という流れがあります。

みんな騙されてる

俺だけは分かってる

感動してる人の方が浅い

こうした立場を取ることで、

少し優位に立った気分になれることがあります。

本当に偽善だったとしても意味はある

ここは少し考えさせられる部分です。

仮に、

掃除をした理由が

「褒められたいから」

だったとします。

それでも結果として、

ゴミは片付いています。

周囲も気持ちよくなります。

つまり、

動機が100%綺麗でなくても、

行動には価値があるのです。

結論

人は善行を見ると、

素直に感動することもあります。

しかし時には、

比較してしまう。

居心地が悪くなる。

冷めた目で見てしまう。

そんなこともあります。

だから

「偽善だ」

という言葉が生まれるのです。

人は善行が嫌いなのではない。

善行によって自分の立場や価値観が揺さぶられる時、

「偽善」という言葉で安心したくなることがある。

この記事のまとめ

  • 善行への批判は行動ではなく動機に向かいやすい
  • 人は他人の善行と自分を比較してしまう
  • SNSでは冷笑や皮肉が目立ちやすい
  • 「偽善」という言葉は相手を否定しやすい
  • 動機が完璧でなくても行動には価値がある

次回予告

なぜ人は「都合のいい情報」だけを信じるのか?陰謀論やデマにハマる心理を考察します。

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